神戸地方裁判所 平成3年(ワ)1953号 判決 1995年7月25日
主文
一 被告は、原告に対し、金九六五万円及びこれに対する平成三年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
理由
一 請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがなく、右事実に《証拠略》を総合すれば、原告が被告方を訪れるに至った経緯として、以下の事実が認められる。
1 原告は、当初、神戸市長田区で丁原薬局を経営していたが、平成元年六月ころ、同市垂水区に戊田薬局を、次いで同年八月ころ、同市兵庫区に甲田薬局をそれぞれ開設し、薬剤師でもある花子に戊田薬局の経営のすべてを任せた。
そのため、花子は、長女とともに同薬局に近い花子の実家に居住して、同薬局に通勤し、週末にのみ原告の下に帰るという生活を続けていたところ、原告が甲田薬局の従業員として雇用した女性の薬剤師(以下「女性従業員」という。)と情交関係を持つようになったので、花子は、仕事上の心労に加えて、原告の女性関係についても悩むようになり、平成二年夏ころには、ノイローゼ気味になっていたが、その悩みを他に打ち明けて相談することもなかった。
2 平成三年一月には、花子は、その心労が頂点に達し、もはや原告と女性従業員との関係を清算させることもできないが、これ以上我慢することもできないと思い詰めるに至り、同月二九日には、夫婦の住居のカーテンを締め切った暗い部屋の中で、一点を見つめて大声を出したり、突然、笑ったり、泣き出したりするなどの錯乱した精神状態になるに至った。
3 原告は、このような花子の状態を見て、花子を精神科医に受診させることも考えたが、花子に精神障害があると診断されでもしたら、花子の薬剤師の資格が剥奪され、営業上の支障が生ずるのではないかと考えて、宗教に頼ることを考え、そのころ、たまたま噂を聞いていた被告のことを思い出し、被告に相談に行くこととした。
4 原告は、従前から、霊等の自然科学では説明できない超自然的な力の存在を信じており、初めて薬局を開設する際には、伏見稲荷に参詣して、商売繁盛を祈願するお祓いをしてもらったことがある。また、平成二年ころには、コスモメイトと称する宗教団体に悩みごとの相談に赴いたことがあり、そこで伏見稲荷での願掛けにより、原告には狐が付いているので、その狐がいたずらをしないようにするためと言われて、数時間の除霊祈祷を受け、その祈祷料として、一五万円程度を支払ったこともあった。
5 原告が経営している薬局の売上合計は、平成三年一月当時、一か月約一八〇〇万円ほどであり、薬局の経営等については、特段の問題はなく、原告には相当の蓄えもあった。
二 次に、被告の金品の交付を受けた行為が不法行為に該当するかどうかについて検討する。
1 請求原因3(一)の事実のうち、原告が、被告に対し、原告と花子が不和になった経緯及び花子の精神状態について説明したこと、原告が被告に対し、一覧表<1>ないし<3>の金品並びに一覧表<5>の金員のうちの一万円及び一覧表<11>の金員のうちの一〇〇万円を交付したことは、当事者間に争いがない。
2 右争いのない事実に《証拠略》を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告は、平成三年一月三一日朝、被告方を訪れ、被告と三時間ほど面談し、数日来の花子の精神状態や女子従業員との情交関係を含む、原告ら夫婦が不和になったいきさつなど被告方を訪れるに至った経緯を説明するとともに、コスモメイトで除霊を受けたことがあることも説明した。
これに対し、被告は、自分は、かつてコスモメイトにも関わったことがあり、救霊師として活躍していること、被告の主宰する乙山神社は、御神体として大光明神、須佐之男尊及び黄金大黒天の三体を祭っており、そのためコスモメイトなどと違ってパワーが強いこと、その御神体は人間と異なる存在であり逆らってはいけないこと、神にお願いごとをする際には、その前に供物をしなければならないことなどを説明しながら、花子の現状について、「よくこの神社を訪れられました、もう少し来るのが遅れていたら、取り返しのつかないことになっていました。」、「あなたの奥さんは、九分九厘邪鬼にやられてしまうところやった。」、「一度霊的なものにやられたら直すのは大変で、精神病院にでも入ったら一生でてこられへんで。」、「因縁ごというのは恐いもんで強い力の神さんでないと祓うことができへん。」などと述べ、原告には、先祖の因縁、色情の因縁等多くの因縁が付いており、先祖が助けを求めているので、早くこの因縁を取り除かないと大変なことになるなどと述べた。
このような被告の話を聞いた原告は、花子の異常な状態への対応で憔悴していたこともあって、精神病院に入っている花子の姿や幼児を抱えて途方に暮れている自分の姿などを想像して、被告のような強力な除霊師(ないし救霊師)に頼らないと自分や花子が救われないと信じるに至り、被告に除霊費等を支払って除霊を受けることを決意した。
その際、原告はコスモメイト並の玉串料として一〇万円を持参していたので、それを被告に交付した(一覧表<1>)が、被告は、その他にいくら必要か神様に聞いておく旨述べたので、原告は、同日中に再度被告方を訪れることにして、被告方を辞去した。
(二) 同日午後、原告が花子とともに被告方に赴いたところ、被告は、原告らに対し、原告に大黒天の守護神を授けるとともに、先祖供養、色情因縁の除去、除霊等を行い、その費用の合計は三〇〇万円である旨記載した巻物を示して、これを読み上げ、翌日除霊を行うことにするので、右三〇〇万円を納めるようにと述べた。
これを聞いた原告は、除霊費等の額が予想外に高額であるのに驚いたが、被告が神が決めた金額を値切ると除霊の効果が現れないと言ったので、原告はやむなく右額の支払いを了承し、その場で銀行に電話し、金員借入れの交渉を行った。
そして、翌同年二月一日午後、原告は、花子とともに被告方を訪れ、用意した三〇〇万円を被告に交付し(一覧表<2>)、被告からの除霊等のための祈祷を受けた。
また、被告は、修行を積まないと除霊の効果がないとして、原告に対し、二一日間、毎朝被告方に来て、部屋を掃除し、般若心経を唱えるようにと命じたので、原告は、これに従い、毎朝被告方を訪れ、礼拝等を行うこととした。
(三) 前記祈祷の後、原告は、被告に対し、自分の身の上のことや家族のことなどを話したが、その中で、原告が金塊五〇〇グラムを所有していることや愛人の女性従業員のことなどが話題になった。
すると、被告は、原告の貯めた財産は不浄なものであり、これが原告の浮気や花子の異常の原因である、不浄な財産を浄めないと今後も因縁によって家族に不幸が起きるなど縷々諭し、財産を奉納するとともに、知人や親戚を被告方に連れてくることで陰徳を積みなさいと述べ、金塊を早く手放して因縁を断ち切るようにと勧めた。また、被告は、原告の愛人である女性従業員についても、因縁がついているので除霊が必要であり、神様に伺ったところ一三〇万円かかるとし、原告がそんな大金を女性従業員が払うことはできないと言うと、「甲野さんが先に立て替えて払うことによってその人も救われるし、奥さんも早く良くなる。神様には先に捧げ物をしないといかん。」などと述べた。
原告は、この日も花子の異常による心労のために憔悴した状態にあり、この状態から抜け出せるのならばという気持ちから、被告の言に従うこととし、金塊については、翌二日朝被告方に持参して、被告に交付した(一覧表<3>。なお、この金塊の交付日は前記のとおり二日であり、当時の時価は八〇万円を下らない。)。また、女性従業員の除霊に関しても、同日中に銀行で一三〇万円を調達して、被告方に持参し、被告に交付した(一覧表<4>)。
(四) 被告は、前記のとおり原告から金塊の交付を受けた後、原告に対し、節分の前後は霊界のパワーが最も強くなる時期であり、その時期に他人を救えば花子が救われるのがもっと早くなるとし、翌三日に節分祭をするので、原告の親類縁者を多数集めるようにと述べた。そこで、原告は、親族に対し、電話等で被告方に集まるよう要請するとともに、被告に対し、親族の状況等について説明した。
その結果、同月三日に被告方に原告の親族及び女性従業員等一八名が集まり、他の参加者数名も加わって節分祭が行われ、般若心経の読経、お祓いの儀式、会食などが行われた。この節分祭の費用は一人当たり二万円であったが、原告は、自らが親族を集めた手前、費用の全額を親族らに負担させることができず、結局、自分の分と親族等の不足分合計八万五〇〇〇円を被告に支払った(一覧表<5>)。
(五) 同月四日、原告は、被告に指示されていた朝参りをした後、午後にも再度被告方を訪れて、被告に話を聴いてもらったので、玉串料として五万円を被告に交付した(一覧表<6>)。
(六) 前記節分祭には、原告の姉丙山竹子とその家族及び叔母乙野梅子とその家族が出席しており、原告が被告に対し、右丙山竹子が金銭上の悩みを抱えていること、乙野梅子が眼の病気で苦しんでいることを話していたところ、被告は、丙山家の家族は早く除霊しないと地獄界に堕ちるとし、原告に対し、花子が早く良くなるためにも、原告が立て替えて費用を払い、丙山家を早く救ってあげるようにと申し述べた。そこで、同月六日、原告は、丙山家の除霊費として、一〇万円を被告方の神前の賽銭箱に投げ入れる方法で、被告に交付した(一覧表<7>。なお、この一〇万円については、毎月一万円ずつ返してもらう旨の合意が丙山竹子との間に成立している。)。
また、被告は、節分祭の後、その日集まった原告の親戚の中で乙野梅子が一番気になる、因縁が特にきつく先祖が苦しみもがいているので、一刻も早く救ってあげないと大変なことになると述べて、乙野の除霊を強力に勧め、丙山家の除霊が行われた同月六日にも、原告に対し、「陰徳を積んで花子を早く元に戻してあげなさい、神様のパワーはすごいので信じてついてくることや。」、「神様はすべてお見通しや、あの叔母さんを早く救ってあげなさいと神様のお告げがある。」などと述べて、乙野の除霊を勧めた。被告の提示した除霊費用は三三五万であり、乙野家の経済状況では到底支払えない額であったので、原告は、花子が早く正常な状態に戻るならば自分が負担するのもやむを得ないと考えて、乙野家の除霊をしてもらうことにし、同月七日に乙野家の除霊が行われるのに先立ち、被告に乙野家の除霊費用として、三三五万円を被告に交付した(一覧表<8>)。
なお、乙野家においても、除霊費用として、三〇万円程度を被告に支払っている。
(七) 被告は、花子から原告が薬局を三店経営していることを聞いたことから、店の土地から来る因縁もあるので、まだお祓いをしていない薬局二店(一覧表<2>の金員には、原告の薬局の一店のお祓いの費用も含まれていると説明されていた。)についてもお祓いをしないと花子の調子が良くならないかもしれないと述べた。そこで、原告は、同月七日、被告に対し、薬局二店についてのお祓い(竜神祭)を依頼し、その費用として三〇万円を交付した(一覧表<9>)。
(八) 被告は、それまで巫女として被告の手伝いをしていた二人の女性が同月六日に辞めたことから、同人等を「折角良くなったのに罰当たりが、神に背けば必ず祟りがある。」などと非難した上、原告に対し、原告、花子、女性従業員及び乙野の末娘の四人が巫になるようにとの神様のお告げがあったので、巫儀式をすると述べ、更に、「あんたらは、神様に選ばれた幸せな人間やから断ったらいかんよ。」、「一度断ったら今度いつ神様のお許しが出るか分からないのだから、お許しが出た時には必ず巫になっときや。」と述べた。そこで、原告は、被告の言葉に従って、巫儀式を受けることとし、被告から指示された一二〇万円を用意し、同月七日、これを被告に交付した(一覧表<11>)。
(九) 同月八日、原告及び女性従業員らが被告方に朝参りに訪れた際、女性従業員が被告方に来る途中に、気分が悪くなって、車を暴走させたことを話すと、被告は、同人には男をかどわかす白虎がついていると述べ、白虎祓いのお祓いを執り行った。お祓い終了後、原告がその費用を尋ねたところ、被告は一〇万円であると述べたので、原告は陰徳を積むという趣旨で右一〇万円を被告に支払った(一覧表<12>)。
(一〇) 原告は、被告の霊能力を信じて、前記のとおり、被告の言うがままに祈祷等を受け、多額の金品を被告に交付してきたが、被告が同月八日に丙山家の除霊に関連して金銭を要求した際の仕種から被告の霊能力に不審を抱き始め、同月一〇日ころ、被告に対し、花子と相談して、ことさら水子がいると虚偽の事実を話したところ、被告がこれを見破ることができず、その虚偽の話に沿った霊視の内容を述べ、その除霊を勧めたので、被告に対する信頼を一挙に喪失するに至った。
なお、被告は、一覧表<4>、<12>の各金員は女性従業員が、一覧表<8>の金員は乙野が出捐したと主張するが、《証拠略》に照らして、採用することができず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。
また、本件全証拠によっても、一覧表<10>の金員を原告が交付したことを認めるに足りない。
3 前記一及び二1、2で認定した事実を前提に、被告の不法行為責任について判るのに、被告の主張するとおり、宗教者が祈祷その他の宗教的行為に付随して祈祷料その他の献金(以下、単に「献金」という。)を勧誘する行為についても、原則として、憲法上の信教の自由の保障が及ぶので、当該宗教の教義が合理的であるかどうか、あるいは、当該宗教的行為の成果が客観的に証明できるものであるかどうかなどの基準に依拠し、合理性ないし客観性が認められないとの一事をもって当該勧誘行為の適法性を判断するのは相当でない。しかしながら、献金を勧誘する行為が、相手方の窮迫、軽率等に乗じ、ことさらその不安、恐怖心等をあおるなど不相当な方法でなされ、その結果、相手方の正常な判断が妨げられた状態で著しく過大な献金がなされたと認められるような場合は、当該勧誘行為は、社会的に相当な範囲を逸脱した行為として、民法七〇九条所定の不法行為に該当するといわなければならない。
これを本件についてみると、まず、一覧表<1>の金員は、原告がコスモメイト並の玉串料として、被告の話を聞く前に自ら適当と判断した額の金員を持参して被告に交付したものであり、一覧表<5>の金員は、会食費及び節分祭として執り行われた儀式についての実費的な参加料と評価しうるから、いずれも被告の不法行為による金員の交付ということはできない。また、一覧表<6>、<7>、<9>及び<12>の各金員についても、その金額並びに前記のような原告の経歴及び資産状態に照らすと、前記1、2で認定の事情の下においても、直ちに、被告の不法行為によって正常な判断力を妨げられた状態でした献金であると断定することはできない(なお、一覧表<7>の金員については、前記認定のとおり、丙山竹子との間に毎月一万円ずつ返してもらう旨の合意が成立しているから、原告に損害が発生したと認めることもできない。)。
しかしながら、その余の金品の交付(一覧表<2>ないし<4>、<8>及び<11>)を勧誘し、収受した被告の行為は、原告が薬局数店の経営者であって相応な資産を有していることに着目し、財産的利益を得る目的で、花子の精神状態の不安定による異常な行動という事態に直面しながら、薬局の営業に支障が出ることを恐れて医療機関に相談することもできないと考え、追い詰められて平常心を失い混乱した原告の精神状態に乗じ、霊力、因縁等がもたらす災いの話を繰り返して説くことによって、ことさら原告の不安感をあおり立て、その災いを取り除くには被告の提示する諸費用を納めて、被告ないし被告の信奉する神の力に頼るほかはないと信じさせて、著しく高額な献金の承諾をさせ、これを収受したものと認められるから、その目的、方法、結果のいずれにおいても、社会的に相当なものとして是認できる範囲を逸脱しているというべきである。
したがって、被告の右所為は不法行為に該当し、原告は被告の右不法行為により、合計九六五万円の損害を被ったものと認められるから、被告は原告の右損害を賠償する責任がある。
三 以上の次第で、原告の本訴請求は、九六五万円及びこれに対する不法行為の後であり、本訴状送達の翌日である平成三年一二月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 笠井 昇 裁判官 太田晃詳 裁判官 小林愛子)